先日発生したトランプ大統領暗殺未遂事件。
公式には3度目と言われている暗殺未遂。
日本ではそれほど多く報道されていないように感じます。
今回も単独犯の犯行だと言われていますが、ホントはどうなんでしょうね?
国際情勢アナリストの及川幸久氏が、捕まった犯人の素性を解説していますので、是非ご覧ください⇩
これがアメリカの本質です↑
カルト宗教がはびこり、メディアは過激な左翼思想に支配されている。
この男が単独犯なのか裏に何らかの組織があるのか政府の自作自演なのか真相はわかりませんが、アメリカの闇が垣間見える事件だとは言えます。
因みに、この男が自身の犯行を正当化するために引用したというイエスの言葉「だれかがあなたの右の頬を打つなら、左の頬をも向けなさい。」(マタイによる福音書 5章)は、及川さんの仰る通り、復讐の連鎖を止める愛と赦しを説いたものです。
これに対して、旧約聖書にある「骨折には骨折、目には目、歯には歯を。人に損傷を負わせた者は、自分も同じように損傷を負わされるべきである。」(レビ記 24章20節)などの言葉は、イエスの教えと矛盾していると言われることがあります。
一見そう思えますが、実はそうではなく、どちらも同じ意味合いの言葉です。
人間は感情に任せると受けた被害以上の復讐をしてしまいがちです。
目を潰された仕返しに相手を殺してしまったり、今度は殺された人の家族が復讐のために相手の住む村ごと滅ぼしてしまったり…
そうした泥沼の抗争を防ぐために「目には目。歯には歯。」という具合に『被害と同じ量まで』と戒めて復讐を制限したのです。
つまり、旧約聖書の「目には目を。歯には歯を。」は、個人の私的な復讐を勧めているのではなく、裁判人が公平な刑罰や賠償を判断するためのガイドラインとするための戒めということ。
イエスはそれを更に上の次元に引き上げ、罪を犯した相手にも「愛と赦し」を与えました。
ですので、ちゃんとマタイの福音を読めばわかりますが、イエスは旧約聖書を引用して以下のように説いています↓
「『目には目、歯には歯』と言われたのを、あなたがたは聞いている。しかし、わたしは言う。悪人に手向かってはならない。だれかがあなたの右の頬を打つなら、左の頬をも向けなさい。」(マタイによる福音書 5章38-39節)
「しかし」という逆説で用いる接続語を使っているので旧約聖書を否定していると解釈する人がいるようですが、そうではなく、旧約聖書を踏まえた上で更に高い次元の「愛と赦し」を説いているというのが本質です。
「新約は旧約の中に隠され、旧約は新約の中に現れる」
神学者アウグスティヌスの言葉です。
聖書は、旧約と新約、両者の継続性を重視して読まないと解釈を歪めてしまうということですね。
私はキリスト教徒ではありませんが、世界第一級の歴史書である聖書を、正しく読み、正しく理解し、正しく世界を見たいと思い、日々勉強に励んでいます。
今回の暗殺未遂犯のように誤った解釈をしていると、世界を見誤り、誤った道へ進んでしまうのかもしれません。
自分の歩んでいる道は本当に正しいのか?
自問自答しながら、一歩一歩、未来へ向かって歩みを進めていきたいと思います。
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